第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)
気づくと夜はすっかり更けてしまっていた。
晋助さんはいつの間にか盃を置いている。
「気づきもせずにごめんなんし、晋助さん。酒なら、もっと持ってこさせるでありいすよ」
「いや、いい。もう酒は十分だ」
晋助さんは言った。
「おめえさん、津軽から江戸まで連れてこられたのか。難儀なことだな」
「……津軽になど、わっちの居場所はありいせん」
「あんたの腕なら、津軽でも相当な弾き手になっていたんじゃないのか」
「……」
あたしは目を伏せた。
「……悪かった。花魁に昔のことを聞くのは野暮だっていうのにな。おめえさん相手だと、つい……」
晋助さんは静かに近寄ると、あたしの身体を抱き寄せる。
「その撥、気に入ったか?」
「こんな見事な撥、初めてありんすから」
「そうか」
晋助さんは私の手ごと、撥をつかんだ。
「今度は、太棹用の撥を持ってこよう」
「え……?」
「あんたが、思いきり太棹を鳴らすところが聞いてみたい」
「……」
「この細い腕で、どんな勇壮な音が出るのか、楽しみにしてるぜ」
耳元で囁かれると、力が抜けてしまう。
象牙の撥はあたしの手から晋助さんの手へと移った。
「でも今夜は、もっと身を切るような音を聞かせてくれ」
「ん……っ」
帯が解かれ、晋助さんの腕があたしの身体を強く抱きしめる。
ほどかれた着物はあたしの身体を滑り落ちる。
象牙の撥が襦袢越しに胸を撫でていく。
「あ……」
それだけで声が漏れた。
晋助さんは意地の悪い笑みを浮かべたまま、私の様子を眺めていた。
「敏感だな」
「ん……っ」
晋助さんに握られた撥は、布越しでも主張を始めた蕾を見逃さない。
胸の蕾にひんやりと触れる固い撥。
「ひ……っ、あ……あ…っ」
「いい声で啼くじゃねえか」
晋助さんの目に欲望の光が灯る。
この目にのぞきこまれれば、あたしは糸になるしかない。
晋助さんの手で切なく声を上げる、ただの糸。