第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)
煙管をくゆらす香りが鼻をくすぐる。
心地よいけだるさに身を任せながらゆるゆると身体を起こすと、着流しを引っかけた姿で煙草盆を手にした晋助さんの顔が見えた。
「気がついたか」
「あ……」
客を喜ばしてなんぼの遊女が、快楽に飲まれて落ちてしまうなんて。
「あたし……」
地を出しそうになってしまい、慌てて廓言葉で言い直す。
「わっち……ごめんなんし……」
そんな私の姿を、晋助さんは不思議そうに眺めた。
「なぜ謝る?」
「……」
「客を手練手管で夢中にさせるはずの遊女が、俺の腕の中で快感に狂っていく様を眺めるのは、なかなかのモンだったぜ?」
その言葉にあたしは耳まで赤くなる。
この人の腕の中で、あたしはとんだ痴態を見せてしまった。
「おめえさん、時々廓言葉が飛ぶんだな」
「……ごめんなんし」
それもこれも、晋助さんに抱かれることが、とても気持ちよかったからなのだけれど。
「ここで生まれ育ったわけじゃねえのか」
「……」
一瞬答えに窮した。
「いや、花魁の過去を聞くなんざ、野暮だったな」
「でもまあ、郭言葉が飛ぶぐらい感じてると客に思わせる、それこそがおめえさんの手管だとしたら……俺もまんまと引っかかったというわけだ」
「そうじゃありんせん!あの……」
あたしは必死で言葉を継いだ。
「こんなに気持ちいいの初めてで……」
あたしの言葉に晋助さんはきょとんとし、それから少し顔を赤くした。
「そうか……」
そして顔を窓の外に向け、黙って煙管をふかしはじめた。
照れている?
まさか。
眠らない吉原の街を眺めている晋助さんの口からぽつりと、
「たまんねえな」
と声が聞こえた気がした。