第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)
「愚か者の話をしてもいいか」
「?」
後ろから私の身体を抱いたまま、晋助さんが言った。
「そいつはな、ガキの頃から、別嬪の顔を見ながら酒を飲むのが好きだった」
「……」
「場末の遊郭に行っても、指名した娘を眺めて酒ばかりくらっていたから、おもしろくない客だと思われていたらしいぜ」
「……」
「吉原には、そんな野暮な客はいねえだろ」
耳元で低い声で語る晋助さんの表情は見えない。
「……その遊郭の女たちは、もったいないことをしたでありんすねえ」
「……どういうことだ」
「吉原では、焦らし合ってなんぼでござんすよ。焦らして焦らされて、ゆっくり口説くのが、吉原の上客でありんす」
「……」
「少なくともわっちは、そういうお客を野暮だとも愚か者だとも思いやしいせん」
「……」
「一度抱いてそれっきりになるより、何度もこうやって来てくれる方が、情味があるというものでござんす」
「……なるほど」
晋助さんの口の端に笑みが浮かぶ。
「それが吉原の花魁か」
半分は、そう。
半分は、違う。
あたしが、何度も、晋助さんに、会いたいだけ。
手を出されなくとも、抱かれなくとも、心を奪われた、ただそれだけ。