第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)
何曲くらい弾いていただろう。
さすがにこれ以上弾いたら、手が疲れて使い物にならなくなる、その寸前まであたしは弾いていた。
「糸がよく鳴る」
弾き終わったあたしに、晋助さんが口元に笑みを浮かべながら言った。
「おめえさんはなかなかの弾き手だ。この撥を選んで良かった」
「わっちはこんないい撥で弾いたことありいせん。晋助さんは三味線にお詳しいんでござんすね」
「いや、俺はそんなに……知り合いに三味線に詳しい男がいてな」
「……」
「どうした」
「……やはり、晋助さんは酔狂なお客でありんすね。手を出したこともない花魁に、こんな高価なものを贈るだなんて」
「酔狂か。……ちがいねえ」
ククク、と、晋助さんは喉で笑っていた。
「だが、おめえさんもたいがいだ。黙って酒を飲んでるだけの客が、つまらなくねえのか」
「つまらない?花魁に、つまらないお客などありいせん」
「……」
「お客がその花魁と過ごす時間をつまらないと思うかどうかでありんすよ」
「……そうか。さすが吉原の花魁は違うな」
「それにもう、わっちは若くござんせん。お客が黙っていても、機嫌がいいか悪いかくらいわかるでござんすよ」
「……俺は機嫌良さそうに見えたか」
「そうでありんす」
「そうか」
晋助さんは煙管の煙をふっと吐いて言った。
「……そうだな。おめえさんみたいな別嬪を見ながら飲んで、つまらねえはずがねえ」
「お世辞が上手いでござんすね」
「世辞なんかじゃねえよ。本心だ」
そう言うと晋助さんはあたしの身体を引き寄せた。
後ろから抱き留められるような格好になる。
「……!」
こんな風にこの人の身体に触れるのは初めてで、あたしは顔を赤くした。