第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)
無言になったあたしをあやすように、晋助さんは優しく言った。
「だが、俺だっていつ来られなくなるかわからねえからな。細く短くじゃあ困るだろ」
その言葉が胸を貫いた。
「そんな……」
身体も重ねてもいない客にそう言われて、心の臓をぎゅっと掴まれたような苦しさを感じたのは初めてだった。
客には客の事情がある。それはわかっていることなのに。
あたしはこうやって、ずっとずっと酌をしていたい。
「いいぜ。今日の祝儀はやめとこう。その代わり、次に来たときにおめえさんに何か……ほしいモンでも買ってきてやろう」
「そんな……」
「何がいい。鼈甲や象牙の簪(かんざし)がいいか」
簪――、花魁にとっては、地上の男女が指輪を贈り合うくらい意味の深いものだ。
晋助さんに簪をいただくなんて、考えただけで心が弾む。
でも、そんな高価なものを、酌しかしていない客に貰うことなんて、あたしにはできない。
「……同じ象牙なら、簪より撥(ばち)がようござんす」
「撥?」
「三味線の撥でありんすよ」
「おめえさん、三味線弾くのか」
「ええ」
「そうか。じゃあ、次に来たときは、その撥で三味線を弾いてもらうことにしよう。……また来るぜ」
そして晋助さんは私の顎を指で持ち上げるようにすると、唇を落とした。
唇と唇が触れたのは、ほんの一瞬だったかもしれない。
「約束だ」
そう言って煙管片手に微笑んだ顔。
あたしは生娘のように顔を赤くしながら、しばらくその顔にみとれていた。