第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)
「百合花さん、新規のお客がご指名だよ」
遣手の婆さんに言われて、我に返った。
「え……?」
「初見世の娘(こ)より、アンタがいいんだってさ!」
「……」
「こういっちゃなんだけど、片方の目に包帯を巻いて、薄っ気味悪いんだよねェ」
婆さんが耳元で囁いた。
「でも、金離れは良さそうだから、ここは一つ気張っておくれよ。アンタも最近は指名が減ってるんだから」
帯をぽんと叩かれた。
「百合花でありんす」
「……」
「どうぞよしなに」
「……」
無口な客だった。
障子の向こう、太陽の出ない不夜城の吉原の人工的な夜景をみながら、煙管をふかし、時折杯を傾ける。
あたしは黙って酌だけしていた。
普通の客なら、始めはお酒でも飲ませて、請われれば三味線や踊りでもてなすこともして、それから床を共にする。
すぐに帰る客もいるし、泊まって――といっても吉原に夜明けはないから、金を出して遊女を長く拘束するということだが――ゆっくり時間を過ごす客もいる。
だが、この客は普通の客とは少し違った。
酌をさせるだけで、何も言ってこない。
薄い唇に触れるのは、煙管と杯だけ。
言葉一つ口の端に上らなかった。