第1章 甘い野獣(銀時甘裏)
2月14日午後6時。
何とか定時に仕事を終えた私は、ごった返すデパートの高級チョコレート売り場の前で立ちすくんでいた。
高級チョコレート、と言われて思い浮かぶブランドはいくつかある。
でも、どんなチョコレートだったら銀さんは喜んでくれるのだろう。
着慣れない丈の短い着物の袂が揺れる。
この赤い着物は、恋人のフリをしていた銀さんが、買い物の時に選んでくれたものだ。
「銀さん、このスーツどうかな」
「スーツもよく似合ってるけど、美咲ちゃんの職場、スーツじゃなくちゃいけねえ決まりでもあるの?」
「そういうわけじゃないわ。外回りのときはスーツじゃないとだけど、内勤の時は結構自由な感じの人が多いし」
「それじゃ、スーツじゃなくて、こっちの着物がいいじゃん」
「え……これ?」
「ミニはだめ?」
「穿いてる人いるけど……脚が細くないから、恥ずかしいよ」
そういうと銀さんは私の目の前に指を立てて言った。
「あー、ソレ、女の大誤解ね!男がモデルのような細い脚が好きだと思ったら、大間違いだから!むしろ肉感的な脚が出てる方がグッとくるから!」
「でも……」
「バリバリ働いてる美咲ちゃんが、こういう可愛いの着てるのがギャップがあっていいって!」
試着してみた私に、銀さんは「うん、やっぱり可愛いじゃん」と言いながら、ニヤッと笑いかけた。
その銀さんの顔を見て、私はその着物を買うことに決めた。
銀さんは、この着物覚えてくれてるだろうか。
この着物を着た私を、可愛いと思ってくれるだろうか。
私はため息をつく。
銀さんともう会わないようにしなくちゃいけないとわかっているのに。
未練がましい自分にほとほと愛想がつく。
わかってる、わかってるの。
銀さんは仕事で私の相手をしてくれたのだってこと。
でもね、銀さんだったら、私を苦しめたりしないって思ってしまった。
弱いところも汚いところも、私の全てを受け止めてくれるんじゃないかって。
銀さんに愛されたいと……私の心が叫んでいる。