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【呪術】白蛇は胡蝶蘭に恋をするか【禪院直哉】

第6章 漆


夜の長さが嘘のように、屋敷はいつも通りの気配に満ちていた。

は、普段と変わらぬ時刻に目を覚ます。
眠りは浅かったはずなのに、鏡に映る自分はいつも通り

水を汲み、朝餉の支度を整え、廊下を拭く。
指先は、昨日と同じように正確に動く
胸の奥の空洞には、蓋をした

彼の部屋の明かりを探したことも
襖の前で止まった足音も

何もなかった

ただの世話役に必要のない感情はいらない。

やがて、直哉が目を覚まし、現れる。
「おはようございます、直哉様」

深く、静かに頭を下げた

声は揺れていない。大丈夫。


ほんの一瞬視線を感じたが
それだけで、すぐに逸らされた

「……飯は」

「整っております」

淡々と。

二人の間に、余計な言葉はない。

食事の席でも、沈黙は自然だった。
前から、こうだったはずなのに
なのに今日は、沈黙が少しだけ重い。



食事の最中、直哉が箸を置いた。

「……今夜は、戻らん」

何気ない、言葉。
けれど。

その一言が落ちた瞬間。

の指先が止まる。

茶器に手をかけたまま、止まって動かない。

ほんの、わずかに。

呼吸が浅くなる。

一拍、遅れて。

「……あ」

小さすぎる声が、零れかける。

すぐに飲み込む。

顔は上げない。

けれど、肩がわずかに強張る。

取手を持つ手に、力が入りすぎて皺が寄る。

自分でも分かるほど、動揺してしまっていた

その言葉の意味を、はわからないほど子供ではない。


今、顔を上げては駄目だ。
こんな表情を見られては…いけないのに

ゆっくりと、呼吸を整える。

「……承知いたしました」

声は、わずかに掠れている。

自分でも分かる。


直哉も、その一瞬を見逃さなかった。

止まった手先。

強張った肩。

飲み込まれた声。

(……なんや、今の)

動揺している。
明らかに。

それなのに。

何も言わない。


ただ、受け入れるに苛立ちを感じてしまう。

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