第6章 漆
さっき一瞬だけ、目が合ったとき。
焦点の合わない瞳が、自分だけを見ていた。
あれが――
妙に、引っかかった。
「…このままで、いたいです」
あの声。
信じ切った響き。
俺が優しいとでも思っとるんか?
直哉は、わずかに眉を寄せる。
(俺は、別に……)
優しくした覚えはない
甘やかした覚えもない
ただ、自分のしたいようにこの女で遊んでいるだけ。
それなのに、腕の中に収まっているこの体は、
まるで当然みたいに安心して眠っている。
無防備に
疑いもなく
それが、少しだけ――怖い
(……俺に何かされると思わんのか?)
視線を落とすと
細い首、規則正しい呼吸
触れれば壊れそうなほど弱いのに、
どうしてこんなにも、離しがたい。
直哉は無意識に、抱く腕の力をほんの少し強めた。
すると、が小さく身じろぎ
その反応に、はっとする。
(……何、焦っとんねん)
自分でも分からない。
弱っている姿が面白いだけ。
支配できる立場にいるのが心地いいだけ。
……そのはずなのに。
胸の奥に、説明のつかないものが沈んでいる。
これは情か。
それともただの所有欲か。
どちらにせよ、認める気はない。
「……こいつ、世話役失格やな」
小さく呟く。
けれど声は、どこか静かだ。
困惑は、消えない。
自分がどうしたいのかも、どう扱えば正解なのか分からないまま
直哉は目を閉じず、
ただ彼女の体温が落ち着いていくのを感じている。
自分の行動の意味も
まだ、何も見つからないまま。