第5章 陸
「……なんで下向いとる」
低く問うとは一瞬だけ視線を上げ、すぐにまた落とした。
「……見られております…ので」
かすれた声。
「今さらやろ」
吐き捨てるように言うが、声にはどこか熱が混じる。
湯に浸かる白い肩に、雫が伝う。
鎖骨を滑り、湯面へ落ちる。
直哉はゆっくりと立ち上がり、の側に座り直した。
湯が揺れ、の身体がわずかに触れる。
「……こっち向け」
命じると、は素直に向き直る。
正面から視線が絡む。
その瞳に、恐れはない。
あるのは、ただ静かな緊張と、わずかな羞恥。
直哉はその顎に指をかける。
「……昨日の夜と、顔が違うな」
囁くような声。
「昨日は……もっと、余裕そうやった」
の呼吸がわずかに乱れる。
「……そのようなつもりは」
「お前は布団の上やと別人やな」
問い詰める声音。
けれど、その指先は乱暴ではない。
顎を持ち上げながら、じっと瞳の奥を探る。
湯気が二人のあいだを曖昧にする。
「……直哉様が、お望みでしたから」
その言葉に、胸の奥がひくりと疼く。
望んだ。
確かに、そうだ。
「……俺のせいにするんか」
低く笑う。
けれど、その笑みはどこか歪んでいる。
指を離し、距離を詰める。
湯の中で、膝が触れ合う。
「昨日みたいな顔、せぇへんのか」
挑発するような声音。
は困ったように視線を揺らす。
「……今は、できません」
小さく返る言葉。
直哉の喉が鳴る。
浴室に響くのは、水音と、二人の呼吸だけ。
湯気の奥で、視線が絡み合ったまま、ほどけない。