第5章 陸
母親から話を聞いてから、の顔を見るたびにそのざらついた思いは芽吹いていった。
の顔を見たくないが、前回のように突き放して痛い目を見るのは自分だと言うことはわかっているので何もいえない。
けれども、
廊下を歩けば、一定の距離を保って足音が重なる。
部屋に入れば、戸の向こうで静かに待つ気配。
呼ばずとも、常に“そこにいる”のが彼女の仕事だ。
直哉はそれを拒絶することもできず、理由もないまま外へ出た。
用事などない。
ただ、から離れたかっただけだ。
日が落ちても戻らず、夜の帳が完全に降りたころ、ようやく帰宅する。
門をくぐった瞬間、胸の奥にわずかな苛立ちが再燃する。
――どこや。
玄関は静まり返っている。
「……」
名を呼ぶ。
返事はない。
奥へ進むと、微かな水音が聞こえた。
風呂場。
覗けば、袖をたくし上げたが床を磨いている。
灯りに照らされた横顔は真剣で、こちらに気づいていない。
「……」
一歩、足を踏み入れた瞬間。
が振り向く。
「あ……おかえりなさいませ」
ほっとしたような声。
そしてすぐに駆け寄ってくる。
「……風呂にする」
「すぐ準備いたします」
踵を返そうとしたその背に、低い声が落ちた。
「……お前も入れ」
動きが止まる。
背中越しに伝わる、わずかな緊張。
は振り返らない。
ただ、ほんの一瞬だけ沈黙した。
理由を問うこともなく。
拒むこともなく。
「……はい」
小さく、しかしはっきりと返事をする。
直哉はその横顔をじっと見る。
驚きも、戸惑いも、押し隠した表情。
それがまた、胸の奥をざわつかせた。
「……早よせぇ」
ぶっきらぼうに言い放ち、先に脱衣所へ向かう。
後ろから、水を止める音がした。
やがて静かな足音が続く。
夜の風呂場は、湯気を含んだ重い空気に包まれていた。