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【呪術】白蛇は胡蝶蘭に恋をするか【禪院直哉】

第5章 陸



母親が部屋を出た、その直後だった。
廊下へと踏み出した母親の視界に、こちらへ歩いてくる人影が映る。

直哉だ。

規則正しく、迷いのない足取り。
その表情はいつもと変わらず整っているが、どこか張り詰めた空気を纏っている。

「……直哉様」

母親は静かに頭を下げた。

「いつも娘がお世話になっております」

柔らかな声音。
しかし、その視線は低く伏せられながらも、どこか探るような気配を含んでいる。

直哉は足を止めた。

わずかに顎を引き、母親を見下ろす。

「……ああ」

短い返事。

「娘は……きちんとお勤めできておりますでしょうか」

遠慮がちだが、探るような問いに
直哉は一瞬だけ眉を動かし、すぐに平坦な声で返す。

「……まぁ、問題はないわ」

それだけ言えば十分だろうと視線を外しかけたが、ふと、胸の奥にひっかかっていた疑問が顔を出す。

――アレは。

昨夜のことが、脳裏をかすめる。
直哉はゆっくりと視線を戻した。

「一つ、聞いてええか」

母親は静かに頷く。

「……あれは、どうやって仕込んだんや」

空気が、わずかに張り詰めた。

母親は瞬きもせず、少しだけ首を傾げる。

「……あれ、と申しますと?」

「とぼけんでええ。夜の作法や」

沈黙が落ちる。

やがて、母親は困ったように、しかしどこか他人事のように微笑んだ。

「それは……父親の役目ですから。私は、何も存じません」

その一言。

直哉の背筋に、冷たいものが走る。

父親の役目。

――父親が、仕込んだ?

あれだけのことを。

あの身体の使い方を。

あの、視線の落とし方を。

喉の奥がひくりと震える。

それはつまり――

思考が、そこから先へ進むのを、直哉は無理やり止めた。

「……そうか」

それだけを落として、母親を置き去りにするように踵を返す。

背後から何か言われた気がしたが、耳に入らない。

歩く足取りが、無意識に早くなる。

胸の奥に広がるのは、嫌悪か、怒りか、それとも別の何かか。
自分でも判然としない、ざらついた感情だけがそこにある。
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