第1章 壱
「別にええよ
ちゃんと分かっとるみたいやから、助かるわ」
「明日から、言われとるんやったか?」
「はい」
は静かに答える。
「ですが、開く荷物もありませんし……今日からでも」
その言葉に、直哉はわずかに首を傾げた。
「へぇ、随分と覚悟決まっとるやん」
口元の薄ら笑いが、ほんの少しだけ濃くなる。
「まぁ、その方が助かるわ」
そのとき、廊下の脇から足音がした。
現れたのは、年配の女中。
彼女は無言で二人の前に膳を置き、湯気の立つ茶を差し出す。
直哉の前に茶を置き終えると、女は一瞬だけに目を向け、すぐに直哉へと視線を戻した。
「……そりゃあ」
ぼそりと、聞こえるか聞こえないかの声で言う。
「年寄りの女より、歳の近い方がええわなぁ」
値踏みするような視線が、の上をなぞる。
「若い、とは言えんかもしれへんけど」
女は何事もなかったかのように去っていった。
直哉はその様子を面白がるように眺め、茶に手を伸ばす。
「……ま、そういうことや」
「これからは、ちゃんと俺の後ろついて来たらええ」
湯気の向こうで、直哉の笑みは相変わらず薄く、はっきりしない。
は小さく頷く。
自分が“選ばれた理由”を、改めて突きつけられた気がして――
胸の奥が、静かに冷えていくのを感じながら。