第4章 肆
湯殿には、まだ温かさが残っていた。
は一人、湯を落とし終えた浴室で、ゆっくりと息を吐く。
最近――直哉の顔色が、よくない。
怒っているとも違う。
苛立っているとも、少し違う気がする。
(……何が、いけないのだろう)
自分は、決められた通りに動いている。
言葉も、距離も、態度も。
叩き込まれた通りのはずだ。
それなのに、
直哉の様子は、良くならない。
(何がダメだったのかな…)
答えは出ない。
は湯から上がり、
濡れた髪を手拭いで包むようにして、優しく水気を取りながら廊下へ出る。
夜の屋敷は静まり返っていて、
足音が必要以上に響かないよう、自然と歩幅が小さくなる。
――角を曲がった、そのとき。
は、足を止めた。
向こうから歩いてきた男と、
廊下の中央で自然に行き合う。
禪院甚壱
外套を手にしているところを見るに、
これから出かけるところなのだろう。
「……」
「……」
互いに、わずかに足を止める。
はすぐに姿勢を正し、
深く頭を下げた。
禪院家の者には、すべて忠誠を。
それは、彼女にとって考えるまでもない行動だった。
「このような失礼な装いで…申し訳ありません。」
「……ああ」
甚壱は短く返す。
「お見送りいたします」
そう言って、は一歩下がろうとした。
――その瞬間。
「……何しとんねん」
低い声が、割り込む。
強く腕を掴まれ、
の身体が後ろへ引かれた。
「……っ」
直哉は彼女を自分の背後に引き寄せ、
甚壱との間に身体を差し込む。
「甚壱くんの見送りはいらん」
「お前の主人は俺だけやろ」
棘のある声。
甚壱は一瞬だけ直哉を見たが、
それ以上何も言わず、肩をすくめた。
足音が遠ざかり、
廊下の先で気配が消える。
その直後だった。
首に、強い圧がかかる。
背中が壁に打ち付けられ、
は息を詰めた。
直哉の指が、逃げ場を塞ぐように喉元にかかり、
壁との間に押し付けられる。