第4章 肆
けれど、直哉は彼女を拒絶した。
その事実だけが、の胸に静かに残る。
理由は分からない。
問うという選択肢は、最初から彼女の中にはない。
――悪いのは、自分なのだろう。
そう考えるのは、癖のようなものだった。
間違いを探すとき、視線は必ず自分へ向く。
それ以外の方向を、教えられてこなかった。
「……喜んでくださってると思ってた……」
ぽつりと零れた声は、誰に届くこともなく、畳に落ちた。
視線の先には、薄く広がっていく染みがある。
それをじっと見つめながら、は静かに息を吐いた。
昨日までのことを思い返す。
あのとき、彼は確かに――
苦しそうで、必死で、私に縋るような声を出していた。
名を呼び、離れるなと、愛憎の塗れた声と瞳で。
その声を思い出すと、胸の奥が、きゅっと温かくなる。
自分が必要とされている。
自分が、彼の役に立っている。
その感覚が、存在意義を満たしてくれる。
幸せだった。
確かに、あの瞬間、は幸せだった。
けれど。
直哉は、拒絶した。
それが答えなら、
自分の感じたものは、きっと思い過ごしだ。
勘違いだったのだ。
「……私が、違えたのですね」
誰に言うでもなく、そう呟いて、は立ち上がった。
布を水に浸し、固く絞る。
染みの上に当て、丁寧に叩く。
力を入れすぎないよう、慎重に。
畳の目に沿って、静かに、何度も。
染みを消すことは、間違いを消すことと、どこか似ている。
痕跡を残さないように。
なかったことにするために。
彼が拒んだのなら、
それがすべてだ。
はそう結論づけて、
黙々と染み抜きを続けた。
自分の感情に名前を付けることもなく、
ただ、正しくあるために。