第3章 参
女は一瞬きょとんとした顔をし、次いで不安げに眉を下げる。
「え……? どうしたんですの、直哉さま」
それ以上近づこうとする腕を、直哉は振り払った。
視線を合わせることすら、できない。
「…興が冷めた」
吐き捨てるように言って、席を立つ。
女の戸惑いと、取り繕った笑顔が背中を追うが、振り返りはしない。
外へ出ると、冷たい空気が肺に流れ込んだ。
女を拒んだこと自体が、信じられなかった。
欲がないわけじゃない。
なのに、目の前の女に触れようとすると、別の記憶が邪魔をする。
(…おかしいやろ)
直哉は、強く歯を噛みしめる。
腹立ち紛れに歩いた帰路は、やけに長く感じられた。
屋敷の門をくぐった瞬間、胸の奥に溜め込んでいた苛立ちが、形を失ったまま残っていることに気づく。
発散できたわけでも、整理できたわけでもない。
ただ、拒絶して、逃げてきただけだ。
玄関に足を踏み入れると、いつものようにがいた。
「お帰りなさいませ」
柔らかな声。
乱れのない姿勢。
変わらない、完璧な出迎え。
それを見た途端、直哉の中で何かが一気に逆流する。
文句を言ってやるつもりだった。
何か、些細なことでもいい。
言いがかりでもいいから、ぶつけてやらなければ気が済まなかった。
だが――
言葉が、出てこない。
何が気に入らないのか。
何に腹を立てているのか。
目の前の女に、何を言えばいいのか。
分からない。
分からないまま、視界に映るのは、穏やかに自分を見つめるその顔だけだった。
次の瞬間。
乾いた音が、玄関に響いた。
直哉の手の甲が、の頬を打った。