第3章 参
今日に限って、勤めはなかった。
それがかえって息苦しい。
屋敷に留まっていれば、否応なく思考が内へ内へと沈んでいく。
直哉は外套を掴むと、理由も告げずに屋敷を出た。
――外の空気が、妙に軽い。
通りを歩きながら、ふと考える。
そうだ、女でも呼べばいい。
いつもそうしてきた。
何も考えず、手頃で、こちらの機嫌を取るのが上手い女を。
思い浮かんだ顔は、かつてよく遊んでいた女だった。
メールの一本で応じるだろう。
そういう距離感の女だ。
程なくして落ち合った店先で、彼女は待っていた。
直哉の姿を認めるなり、ぱっと顔を綻ばせる。
「お久しぶりですわ、直哉さま」
甘ったるい声。
少し大げさな仕草で袖に指を絡め、距離を詰めてくる。
香の強い匂いが鼻を刺した。
「直哉さまはいつも突然ですわね」
上目遣いで覗き込み、唇の端をわずかに噛む。
触れそうで触れない距離を保ちつつ、期待を隠さない態度。
いつも通りだ。
そんな器用なことを自分が容易くできていることが、逆に違和感だった。
席に着けば、女は甲斐甲斐しく酒を注ぎ、笑い、肩を寄せる。
膝が触れると、わざとらしく身をすり寄せてきた。
「直哉さま、今日は…少しお疲れ?」
指先が袖口をなぞる。
甘えるような声色。
媚びることに何の躊躇もない、その様子。
(……くだらんな)
そう思いながらも、直哉はいつものように口説こうとした。
軽口の一つも叩いて、流れを作るはずだった。
――だが。
喉が、動かない。
声を出そうとした瞬間、脳裏に蘇ったのは、霰もなく喘がされたあの記憶だった。
押さえつけられ、逃げ場もなく、快楽に奥歯を噛み殺すことすらできなかった自分。
支配され、呼吸を乱され、パチパチと脳を焼かれ、視界が滲んだ感覚。
女の指が、急に煩わしく感じる。
「……離れろ」
低く絞り出した声は、思っていたよりも硬かった。