第2章 弍
直哉は、が厨房にいるのを見つけると、足取りを速めた。
厨房に立つ彼女の姿は、昨夜の官能的な場面とは対照的で、直哉の心に奇妙な感慨を抱かせる。
「……ちゃん。早いな」
彼は彼女の前に立ちふさがるようにして歩み寄り、その細い肩に手を置いた。の驚いた表情を、薄ら笑いを浮かべながら見下ろす。
「おはようございます。直哉様。
聞いていた時間よりお早い目覚めですね」
は少し不思議そうに首を傾げるが、
その仕草はあまりにも昨夜の毒婦とはかけ離れている。
「いつまでも寝とられるわけあらへんやろ」
直哉はの顔を覗き込み、昨夜の残滓が彼の歪んだ独占欲をさらに掻き立てていた。
直哉はの肩に置いた手を、ゆっくりと滑らせて離した。
指先が彼女の浴衣の袖を軽く掠め、名残惜しげに途切れる。
昨夜の熱がまだ肌に残っているのに、今の彼女はただの世話係に戻っている。
その落差が、直哉の胸を妙にざわつかせる。
「今日は大事な用があるからな」
彼はそう言いながら、の顔を覗き込んだ。
瞳の奥に、昨夜の記憶がちらつく。
彼女の喉奥を犯した感触、指で絞られた先端から迸った白濁、耳元で囁かれた「可愛い」の一言。
すべてが鮮明すぎて、苛立つほどに。
は静かに視線を上げ、穏やかな声で返す。
「今日はお戻りですか?」
「任務や。禪院の外縁で、ちょっとした『掃除』が入っとる。
昼までには戻るつもりやけど……」
言葉を切り、直哉はの目を見つめた。
そこに、昨夜の敗北の記憶を重ねるように。
「留守の間、お前はここでちゃんと待っとき
勝手にどっか行ったり、誰かと喋ったりしたらあかんよ」
は小さく頷き、視線を落とさずに答える。
「はい、直哉様。
お食事の支度を整えて、お帰りを待ちます」
その声は穏やかで、一切の揺らぎがない。
直哉は一瞬、唇を歪めた。
昨夜、自分をあんなに乱れさせた女が、今はこんなにも平静でいることが、妙に癪に障る。
「……ええ子やな」
彼はそう呟き、の顎に軽く指をかけ、顔を少し持ち上げさせた。
の瞳は静かに揺れ、しかし逃げない。
ただ、穏やかに微笑むだけだった。