第3章 愛と義務
悟の言葉に仁美は微笑むと、差し出された悟の手をゆっくり掴む。
さぁ。戻ろうか。
自分の威厳を取り戻しに。
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座敷では、まだ笑い声と盃の音が続いていた。
舞妓の扇が揺れ、芸妓の三味線が軽やかに響く。
華やかで、浮ついて、どこか上ずった空気。
その空気が、入口の襖がわずかに開いた瞬間、ぴたりと止まった。
現れたのは、五条悟。
そして、その横に寄り添うように立つ 仁美 だった。
湯から上がったばかりの気配がまだ漂う。
髪は結わずに一つに括られ、胸元にしっとりと流れ落ちる。
頬はうっすら紅を残し、黒地の藤の着物だけが凛としている。
だがその姿はどう見ても、一時の時間を過ごし、整えられた直後の色を帯びていた。
座敷にいた全員が息を飲む。
芸妓も、財界の者たちでさえ声を失った。
その中でただ一人、直哉だけが目を大きく見開いて固まった。
悟はそんな場を無視して涼しい声で言う。
「遅れて、すみません。」
まるで何事もなかったかのように。