第3章 愛と義務
悟は一度だけ直哉を見た。
ここに居る直哉以外の全員は、仁美の秘め事の相手は悟だと思っただろう。
直哉との時間を塗り替えて、自分の代わりに夫のように仁美に寄り添っている。
座敷の華やかさが、音もなく崩れていく。
二人の登場は、それほどまでに圧倒的だった。
座敷の空気が凍りついたまま、仁美はゆっくりと一歩、前へ出た。
仁美は皆の視線が集まる中、涼しげな声で言った。
「……体調が、少し悪なったんよ。このまま休ませてもらうわ。」
そして、うっすら微笑んで続ける。
「皆さまは、どうぞこのまま宴を楽しんでな。」
座敷の者たちは誰も動かない。
舞妓たちは扇を下ろし、財界の男たちは杯を持つ手を止める。
仁美の横に五条悟が静かに立っている。
それだけで、今夜の“序列”が一瞬で書き換わった。
――“五条家は、まだ仁美に付いている”
その事実を、誰もが理解した。
悟は黙ったまま、仁美の背をそっと支える距離で寄り添う。