第3章 愛と義務
悟はしばらく黙って、ただ静かに湯気の向こうで立っている。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……うん。知ってたよ。」
顔を伏せたままの仁美の肩が、小さく揺れる。
悟は歩み寄り、湯縁に片膝をついた。
「僕が気付かない訳ないだろ。」
悟の言葉が胸の真ん中を刺したようで、仁美は息をすることすら忘れてしまった。
胸が締め付けられ、湯の温度も、風の冷たさも曖昧に遠くなる。
悟はそんな仁美の揺れを静かに見つめ、湯に沈んだ着物の袖をそっと指先から離した。
そして、ゆっくりと言葉を落とす。
「ここに集まってる人たち……全部、仁美の“家”があるから来てる。」
座敷の賑わいが遠くで反響する。
けれど悟の声だけは不思議と近い。
「加茂も、他の家もそう。仁美の“家”に価値があるから機嫌を取ってる。」
悟は一拍置くと、仁美の高さに視線を合わせるように露天風呂の縁に膝をついた。
「でも。五条家……僕だけは違う。」
悟の言葉に仁美は驚いて顔を上げる。