第3章 愛と義務
「……結婚式、来んかったんやな。」
悟は肩をすくめ、いつもと変わらない軽やかな笑みを浮かべた。
「行ったら全壊させる自信あったからね。祝う気持ちより、ぶっ壊す気持ちのほうが断然強いし。」
それはふざけているようで、冗談には聞こえなかった。
「……ほな、なんで今はここに?」
悟は少しだけ顔を傾け、夜風に白い髪を揺らした。
「今日の京の花街、禪院家の貸切だったろ。加茂も五条も、誰もいい顔してなかったよ。」
その言葉で仁美は、ようやく悟がここに来た理由を理解した。
――悟くんは、うちのために来たんや。
その事実が胸を刺す。
けれど、同時に逃げられない思いが心を掴んだ。
仁美は湯面を見つめたまま、ぽつりと口を開いた。
「……悟くん。うち、ずっと……直哉と通じとったんよ。」
湯に揺れる声は、かすかに震えていた。
「それ、黙ったまま……五条家との縁も、切らんようにした。ほんま最低なこと、よう分かっとる。」
悟はしばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。