第3章 愛と義務
湯が重たい布を受け止める感覚だけが、辛うじて自分を現実につなぎとめてくれる。
遠くでは、座敷の賑わいが続いている。
笑い声、三味線、盃の音。
そのどれもが、もう別世界の出来事のように聞こえた。
どれくらい時間がたったのか分からない。
ただ湯気が揺れ、風がそっと頬に触れた、その瞬間だった。
「……もったいないな、それ。」
静かで、どこかあきれたような声。
仁美が顔を上げると、湯気の向こうに五条悟が立っていた。
白い髪が夜の灯りを受けて揺れ、切れ長の青い瞳が湯に沈む着物へと落ちる。
悟は軽く息を吐き、まるで昔と同じように、半分呆れて、半分優しい目で言った。
「そんな着物、こんな扱いしたら駄目だろ。……せっかく実家から贈られたんだろ?」
湯面に映る悟の影が、静かに揺れた。
彼は仁美の返事を急かさず、ただ湯縁に立ったまま、その表情をじっと見守っていた。
湯気の向こうに立つ悟を、仁美は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見た。
けれどすぐに視線を湯面へ戻す。