第3章 愛と義務
襖が静かに閉まる音、その一拍の静けさが、かえって空気を重くする。
仁美は直哉の背が消えた瞬間、棚に預けていた体からふっと力が抜けた。
天井が揺れたように見え、肩から順に、力の落ちる順番を自分で感じる。
腰が畳に触れた時には、もう支えきれずに、そのまま前へ滑り落ちるように倒れ込んだ。
畳に触れた頬がひんやりして、ようやく自分がどれほど疲れていたのかを知る。
静まり返った高級旅館の客室で、息を整えられないまま仁美は目を閉じた。
直哉が出て行った扉を見つめることすらできないほど、身体も心も重かった。
実家から贈られた最高級の着物は、直哉の体液で汚れていた。
本来なら一度袖を通すだけでも細心の注意を払うべき格のある品。
その無惨な姿を見た瞬間、仁美の胸の奥で、静かに何かが折れた。
ゆっくりと立ち上がり、ふらつく足で部屋に付いている露天風呂へ向かう。
夜気の冷たさと湯気の温かさが交わる、密やかな空間。
仁美は脱ぐ気力もなく、着物ごと湯に沈んだ。