第3章 愛と義務
薄く紅潮した頬。
吐く息は少しだけ震えて、心拍だけがまだ速い。
けれど直哉の着物も袴も、仁美のものとは違って一切汚れていない。
皺ひとつ、乱れひとつなく、まるで今ここで起きた熱を隠すように。
直哉は“着物のままの情”に慣れきっているのだと、仁美はすぐにわかった。
息を整えきれずにいる仁美に、直哉はゆっくりと視線を落とした。
仁美の着物は、どう見てももう座敷の明るい場へ戻れる状態ではなかった。
帯の結びも落ちかけ、袖口には熱の名残がまだ留まっている。
直哉はそんな仁美を一瞥すると、自分の袴の乱れだけは、慣れた手つきで静かに整えた。
まるで長年の癖のように、指先は迷いなく布を整えていく。
そして整え終えた直哉は、棚に寄りかかったまま動けずにいる仁美の頬にそっと触れた。
「……今日はもうええ。座敷には戻らんでええわ。ここで休んどき。」
直哉はそれだけ言い残すと、扉の方へ向かい、振り返らずに部屋を出た。