第3章 愛と義務
直哉の指先が、仁美の顎を軽く持ち上げたまま動かない。
そのまま少しだけ顔を近づけ、逃がさない距離で静かに口を開いた。
「さっきの芸妓のこと、気になるんか。」
低い声。
問いかけというより――確認しているように話しかける。
仁美は喉の奥で小さく息を呑んだ。
「……うちは……あの空気、変や思たから……。」
その言葉を遮るように、直哉の扇子がぱち、と冷たく閉じられる。
先程から聞こえる直哉の扇子の音がその場を支配しているように響いている。
「変でもなんでも、あんなん“仕事”や。」
「しごと……?」
「せや。芸妓が客の機嫌取るんは仕事で、男が相手しとくんも仕事や。」
あまりに当然のように言うので、仁美は言葉を失った。
そんな仁美の反応すら気にせずに、直哉は続けて言った。
「禪院家の宴で、誰が盛り上げる思てんねん。あのレベルの芸で、やっと座敷が“場”になるんや。」
仁美が拳を握ると、直哉はさらに淡々と続ける。