第3章 愛と義務
その空間の中で、直哉はゆっくりと振り返った。
今までの柔らかい笑みとは違う。
氷のように、感情の見えない目。
「……なんや、その顔。」
仁美は息を呑んだ。
直哉の目線が、自分の胸の奥まで見透かしてくる。
直哉は扇子を軽く叩きながら、吐き捨てるように言った。
「女はな、男の三歩後ろ歩くんが一番ええ。その代わり、“客の前では”絶対に俯くな。特に、俺の隣おる時は絶対や。胸張って座れ。それが禪院家の嫁や。」
直哉の言葉に仁美は余計に顔を歪ませた。
(……胸を張れ、って……なら、さっきの芸妓さんとの空気はなんやの?)
抑え込んでいた疑問が、喉の奥から自然とこぼれた。
「……うちは、ちゃんとしとるつもりや。せやけど……。」
「“せやけど”、なんや?」
その冷たさに押されながらも、さっき見た光景が胸から離れない。
「さっきの芸妓さんとのやり取り……あれ……なんなん。」