第3章 愛と義務
白椿が離れた瞬間、直哉は静かに扇子を閉じ、仁美の肩に軽く触れた。
「仁美、ちょっと来い。」
仁美が振り返ると、直哉は立ち上がり、袖で隠すように手を差し伸べる。
「こっちのほうが静かや。……な?」
その表情に笑みがあったが、仁美はその視線にゾッとした。
冷たく張り付くような視線が仁美を包んだ。
華やかな座敷から離れ、直哉は仁美の手首を軽く掴んだまま、高級旅館の長い廊下を歩いていた。
客室の前には行灯が並び、灯りは落とされ、木の香りが落ち着いた静けさを作っている。
その静けさの奥で舞妓と芸妓たちが、旅館に出張という形で来ていた。
花街でも限られた者しか呼べない一流の芸妓。
その姿は、まるで旅館全体を一層格式高く見せるほどだった。
仁美はぼんやりとその様子を見ていた。
「入りや仁美。」
仁美が一歩足を踏み入れると、客室は広く、床の間には季節の花。
障子越しに庭園の影が揺れていて、外の宴の余韻が薄らと聞こえる。