第3章 愛と義務
その目線は、合っていない。
けれど、まるで見つめ合っている空気があった。
目の端だけで追い、軽く唇を僅かに歪ませる。
笑っているようで笑っていない、艶を含んだ大人の仕草。
(……あれ?)
仁美が違和感に気づいた瞬間、直哉の指先が扇子を叩くように軽く動いた。
それもほんの数ミリの動き。
普通なら見逃すほどの癖。
けれど白椿はそれをまるで合図のように受け取り、扇子を閉じるタイミングを合わせた。
その音が、妙に艶めいて聞こえた。
視線も言葉も交わさない。
でも、指と呼吸だけで通じているような距離感。
(……この二人、ただの席の相手やない。絶対、なんか……ある。)
胸の奥がきゅっと痛む。
焼けるような嫉妬ではなく、冷たい針の先が静かに刺さるような痛み。
仁美は咄嗟に膝の上で拳をつくり、顔を伏せて、その艶めいた空気を、見ないふりをした。
ほんの数秒。
しかし、その沈黙は長く感じられた。
それを見逃す直哉ではなかった。