第3章 愛と義務
直哉は黒紋付の袖を整え、扇子を軽く膝に置いている。
その姿はどこか誇らしげで、周囲の視線を自然と集めていた。
「仁美、緊張しとるんか?手、冷とうなっとるで。」
直哉がふと視線を寄越し、触れるだけの仕草でその温度を確かめる。
「……大丈夫や。ただ……想像してたより華やかで、びっくりしてるだけ。」
「せやろな。京都の座敷は“本気”出したらこんなもんや。」
直哉の笑みはどこか余裕と誇りを含んでいた。
芸妓のひとりが音もなく近づき、丁寧な所作で直哉と仁美に酒を注ぐ。
その動きだけで、場の重みと伝統を肌で感じられるほど。
「ええ夜やわぁ。禪院さんと神戸のお嬢さんが並ばはると、座敷も華やぎますえ。」
直哉が軽く扇子を持ち上げ、舞妓たちの方へ視線を送る。
その仕草に、舞妓も芸妓も柔らかく微笑んで応えた。
仁美が返事に困っていたところへ、直哉が扇子をぱちんと閉じ、自然と場の注目を集める。
「そらそうやろ。今日ここにおるんは……仁美の顔があるからや。」
座敷の空気がわずかに締まる。