第2章 奪われた初恋と手に入れた女
本家の敷地は広すぎて、風の音さえ遠くに聞こえる。
次の儀式の準備で人の行き交う音もなく、そこだけ切り取られたように静かだった。
仁美がふと立ち止まり、薄紫の藤に手を伸ばしたとき、背後で、直哉の足音が止まる。
振り返れば、いつもの皮肉げな笑いでも、嘲るような目でもなかった。
まるで、初めて花を見る子どものような、そんな不思議に澄んだ目をしていた。
「……なんや、その顔。うちの打掛、そんな変やった?」
冗談めかして笑うと、直哉はゆっくり首を傾け、視線だけを寄越した。
「ちゃう。綺麗やな、思ただけや。」
一拍の間。
風が、藤の房を揺らした。
その柔らかな揺れの中で仁美の胸の奥に、微かに甘いものが落ちた。
「……うち、そんなに綺麗やないよ。」
「せやろな。でも、今日のあんたは……綺麗や。」
声は低く、静かで、まるで誰にも聞かれたくないみたいだった。
直哉は歩み寄り、藤棚の下で立ち尽くす 仁美 の前に立つ。
陽光を遮った影の中で、彼の表情はどこまでも穏やかだった。