第2章 奪われた初恋と手に入れた女
「──仁美。」
名前を呼ばれるだけで、胸が震えた。
直哉はそっと手を伸ばし、仁美の髪に落ちた小さな花びらを取った。
その仕草さえ優しくて、触れていないのに心臓だけが触れられたような気がした。
「俺があんたを選んだんやないで。…仁美が俺を見つけたんや。」
その言葉は、刀のように鋭く、春の風のように温かかった。
胸の奥で、何かが音を立ててほどけていく。
理由も、理屈もなかった。
ただ、“この人の隣にいたい”という気持ちだけが静かに満ちていった。
「……直哉。」
呼んだ名前は震えていた。
でも、その震えは決して恐れではなかった。
直哉はふっと目を細め、仁美の頬に触れた。
「その顔……うちだけに見せて。」
風が吹き、藤が揺れ、二人の距離だけが、そっと縮まった。
その瞬間――。
確かに恋は、そこにあった。
光よりも静かで、痛みよりもあたたかい、誰にも触れられない一瞬の恋が。