第2章 奪われた初恋と手に入れた女
ただその一瞬だけ、広間のざわめきがすっと遠のいた。
「禪院直哉や。……よろしゅう頼むわ。」
静かで落ち着いた声。
距離が少し近くて、初対面なのに妙に“踏み込んでくる”響き。
怖くなかった。
むしろ、不思議と胸が高鳴った。
「……仁美言います。よろしゅうお願いします。」
言えた。
けれど自分でも分かるほど、声が震えていた。
(なんで震えてんねん、うち……。)
そんな自分に戸惑ったとき。
直哉がふっと笑った。
「緊張しとんのか?あんた、思うたより……ええ顔しとるやん。」
からかい半分に聞こえるのに、不思議と胸に落ちていく言葉だった。
あたたかいとも言えるし、少し焦がすような響きでもあった。
(……なんでやろ。なんでこんな……。)
頬が熱くなる。
理由はわからない。
ただ――。
そのとき確かに、胸の奥で小さな音がした。
心が静かに直哉に傾いたのが分かった。
小さすぎて気づけないほどの一滴。
でも無視するには鮮やかすぎる、最初の揺らぎだった。