第2章 奪われた初恋と手に入れた女
その答えだけは、誰にも触れさせへん。
胸の奥でそっと灯し続ける、仁美自身の選択。
禪院家との顔合わせがあったあの日。
京都の空気はまだ春の名残を抱いていて、庭を渡る風には淡い花の香りが混じっていた。
仁美は神戸の家から贈られた正装の着物を纏い、緊張を押し隠しながら、広間の襖の前で静かに待っていた。
奥からは低い声がいくつも響き、“格式”という重さが空気を薄く震わせている。
襖の向こうが静かになった瞬間すっと扉が開く。
最初に見えたのは黒紋付き。
その奥から現れた少年が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
禪院直哉。
彼はこの場の空気など気に留めないような、堂々とした歩き方をしていた。
扇子を軽く持ち、どこか興味なさそうな影を瞳に宿したまま。
だが、仁美を見た瞬間、直哉の目が、ほんのわずかに揺れた。
(……綺麗、やな。)
そう思ったのが直哉なのか仁美なのか。
誰にも分からなかった。