第30章 種の思い出
「小麦の種です」僕は答えた。「コレクション部屋にありました。よくある種なんだけど、ぼんさん、大事そうにしてたから」
「これ……」
ぼんさんは言葉を詰まらせた。何か言いたそうだが声が出ないみたいだった。だから僕は、どうぞとぼんさんに小麦の種を渡した。
ぼんさんの長い指先から手の平に転がった小麦の種を僕は見つめた。それからぼんさんの顔を見上げると、最初はぽかん状態だったけど、だんだん何か分かってきたみたいで、なぜかクスクスと笑い出した。
「あー、思い出した思い出した」とぼんさんは話を続ける。「これ、ドズルさんのチェストから取ってきてそのまんま持ってきちゃったのよ。またこんなにいらないものばっか入れてって言って……あれ?」
そしてぼんさんは僕たち以外誰もいないのに、その場でキョロキョロした。何か探し物をしているのだろうか。でもさっき、誰かの名前を呼んだような……。
「ドズルさんは? 先にネザーに行ってたよね?」
と、ぼんさんは僕というよりは、おんりーとおらふくんとMENに訊いた。ドズルという名前には心当たりがないようで、三人はお互いを見つめ合ったり首を傾げたりするばかり。だけどぼんさんは違った。
「本当に忘れちゃったの? 赤パンのゴリラドズルを?」
赤パンとかゴリラという単語は結びつかないけれど、僕どころか三人も、ぼんさんの言っていることは全然分からない様子だった。
するとぼんさんがすぅーっと息を吐いて、そうかと一人呟いた。
「ネザーゲート以外に、ドズルさんも探さなきゃいけないんだな……」それからぼんさんは僕たちの方を見て。「この時計塔に、ゲートみたいなものがある部屋は見なかった? 誰も入ったことのない部屋とか、開かない扉があるとか……」
「入ったことなかった部屋って、ここも知らない部屋なんだけど……」
ぼんさんの問いかけに、おんりーは冷静にそう返して僕たちと目を見合った。僕たちも、他に部屋があるのかどうなのか分からない。だって他は、文字盤があるところまで続いている螺旋階段のことしか知らない。