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時計塔と忘却の行方[dzl]

第19章 捌け口


「あの……」
 賞状の話をすることも忘れて僕が言い淀んでいると、ぼんさんがぽつりぽつりと話し始めた。
「たまにあるのよ、嫌なやつがね」とぼんさんは話す。「俺が見えないのはみんな知ってるはずだからね、俺に言ったところで時計のズレは一人では直せない」
「僕、直してくるよ」
 今僕に出来ることは、それしかないと思ったから。
 だけどぼんさんは首を振った。
「いいや、違う。あの車掌さんはね、俺を捌け口にしているのよ」
「はけぐち……?」
「そ、だからもし俺がちゃんと時計のズレを直してもあの人はまた文句を言いに来る」
「どうして?」
「人間だからだよ」
「人間だから……?」
 僕には、ぼんさんが何を言いたいのか分からなかった。僕は、目の見えないぼんさんに、時計のズレを指摘するのは理不尽だと、ただそれだけが分かるだけで。
「それより、その手にあるのはなんだい? 手を振る音が少し違うね」
 とぼんさんが言ってきたので、僕はもう車掌のことは気にしないことにした。
 僕は手にしていた賞状をぼんさんに渡した。
「これ、ピアノコンクールの賞状。優勝したんだ」
「へぇ、すごいじゃない」
 頑張ったんだな、と頭をワシャワシャしてくれて、僕は何よりも嬉しかった。
「優勝した曲、演奏してあげるよ! ピアノ貸して!」
「いいよいいよ、いくらでもどうぞ」
 そして僕は時計塔のピアノで早速演奏を始めた。それはコンクールでやった時より妙に緊張したけど、ぼんさんが静かに聞いてくれるからなんだか特別な時間になった気持ちだ。
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