第2章 逃げ出した婚約者
「そ、そんな事思っていません。エイリンはいつも俺のお願いを聞いてくれました。だったらっ」
「お前が今までエイリンに願いを聞かせていたと言うのなら、エイリンの願いも何故聞いてやらない?」
「だって、エイリンはいつも仕方ないって言って俺の言う通りにしてくれてたから・・・エイリンに願いがあるなんて、思いもしなかった。」
「婚約者だと言うのに、それは人として対等なのか?」
対等?どうして、対等にならなければならない?エイリンは俺の願いを聞かなければならない立場じゃないのか?ん?立場?
「あの、エイリンは何処に?きっと、話し合えば分かってくれると思うんです。それと、俺もエイリンの願いを聞いてあげれば、エイリンも俺の願いを聞かざるを得ないと言うことでしょう?」
あ、また何か間違ったらしい。威圧の籠った目が、誰からも向けられた。
「エイリンは、もうこの町にいない。」
「えっ?何処に行ったのですか?あ、薬の材料の採取とか?だったら、いつもの森に行けばいいですね。」
「そういう意味ではない。この町から旅立った。」
「はっ?何故?俺という婚約者がいて、後一年もすれば結婚するのに。」
いきなり胸蔵を掴まれ、冷やかな目で俺を見るイリル団長。
「エイリンの願いは婚約破棄のみ。そして、知名度のあるお前との縁を切ればこの町で住みにくいと言ったのは俺だ。それを聞いてエイリンは町を出る事を決断した。」
「冗談ですよね?だって、エイリンが俺を見捨てる筈なんてない。」
「随分自分を上に見ている様だが、もうエイリンは旅立った後でこの町には戻らない。」
その後のことは、覚えていない。家に帰ると、父さんに呼ばれてあの宿屋に向かった。そこで請求されたのは、女性の引取と高額のお金。
我儘三昧の女性に堪忍袋の緒が切れた宿屋が、令嬢を引取れと言って来た。父さんは頭を下げて高額のお金を支払った。
宿屋から出て父さんの後を付いて行く。向かった先は、町外れの人気のない場所だった。いつになく険しい顔をした父さんの顔。
「どうかしたの?」
「話していなかった私も悪かったが・・・まさか、命の恩人にこんな無体をするとは思わなかった。我が息子ながら嘆かわしい。今まで甘やかせて来たツケなんだろうな。」
「父さん?」
「あの時、お前を見捨てれば良かった。」