第2章 逃げ出した婚約者
「いいですか、セドリック。よく私の話しを聞いて考えて下さい。」
俺の前にしゃがみ込み、ケルン副団長が諭す様に話し掛けて来た。
「まず、イリル団長がエイリンに優しくしていたのは、団長の奥方の命の恩人だからですよ。」
「命の恩人?」
「えぇ、思い出して下さい。一年前の流行病のことを。セドリックも感染して、大変な思いをしたでしょう?」
確かに、あの時は死ぬかと思った。でも、父さんが何処からか手に入れて来てくれた薬で俺は助かったんだ。
「あの薬は、イリル団長の奥方が完治したと聞きつけて、セドリックのお父上が団長に頼み込んで入手したエイリンの薬です。」
「えっ、そんな事知らなかった・・・。」
「年若い女性が薬師だからと言って、そう簡単に薬を売ることは難しい。でも、今回は身近に結果があった。そういうことを考慮して、身寄りのないエイリンを婚約者にすると言ったセドリックをお父上は止めはしなかったのですよ。」
父さんはそんな事何も言わなかった。俺が選んだ人だから好きにすればいいって言ってくれた。だから、深く考えることは無かった。
「薬の市場価格は知っていますか?」
「80ギルです。」
「えぇ、一般的な市場価格は前後はしますがそれくらいです。ですが、エイリンの薬は50ギルです。団長が使ってくれたことによって、生計を立てることが出来るからと言ってそう取り決めました。薬効は変わりありません。」
そんな事をしたら、売り上げなんて・・・。
「その価格は騎士団のみのものです。店でも売り出していますが、そう多い量ではないでしょう。一人で材料を準備し一人で薬を作り一人で売っているのですから。」
確かに、店は週七日の内の三日間のみ。その三日間の売り上げで、生計を立てていた。三日だけでは、そんな売り上げなんて期待出来ない。
そうか、だから一人で生活するだけで精一杯だと・・・。俺は何も知らなかった。知ろうともしなかった。
「だ、だったら、そうだと言ってくれれば良かったのに。俺が施しをすればあの女性の面倒を見ることが出来るのでしょう?」
あ、何か俺は間違えたらしい。優しかったケルン副団長の目が厳しいものになった。
「施し・・・ですか。やはり、貴方はエイリンには相応しくない。他の女性を囲おうとし、それを婚約者に世話させる男が何処にますか。貴方はエイリンを使用人扱いしていませんか?」