第29章 褒められ日和に、橙が咲く ✳︎✳︎
「では共に、湯浴みに行くとしよう」
「……はい」
腹部が懐紙で拭き取られた。
ほんの少しだけ寂しくなる瞬間だけど、橙に彩った両の指先にも彼は口付けを落としてくれた。
一本一本丁寧に愛撫してくれる優しさが嬉しい。
「また見せてくれ」
「ふふ、わかりました、あっ杏寿郎さん…待って」
「どうした?」
きょとんとした彼の左胸に赤い花を三つ程咲かす。
これはさっき私がやってもらった物と同じ愛撫だ。爪先同様、揃いのしるしでもある。
いつも如何なる時も私より上手(うわて)な彼。
でも凄く凄く優しい人。杏寿郎さんと私の爪にのせた日輪が、湯浴みで沈んでしまうまでの、およそ一時間。
それまでにしばらく消えない、赤い花が増えた。
——互いの左胸に三つほど。
大きさは金柑一つ分、と言うのはもちろん私達だけの秘密だ。
✳︎七瀬目線 終わり✳︎