第29章 褒められ日和に、橙が咲く ✳︎✳︎
「君が爪紅を塗る時は俺に見てほしい時だろう?」
「…はい、そうです」
恥ずかしそうにしているが、はっきりと肯定してくれる七瀬の双眸は力強い。
焦茶色の瞳はまっすぐ俺を見てくれる。
「うむ、であれば…緋色も橙色も…何色でも、君の爪紅は俺だけが独占したい」
「え……」
子供のようだと我ながら少し呆れてしまう。しかし本当の事なのだ、きちんと彼女に伝えていかねば。
小さな両手をそっと己の両手で包み込む。
それは自分と同じ剣士の手だ。共に同じ呼吸を放つが、今のように指先を彩ってくれる時もある。
何度も何度も触れて来たこの掌(たなごころ)が、愛おしくてたまらない。
「君が俺の手を綺麗と言ってくれるように、俺も君の手はとても綺麗だと思う」
「ありがとうございます…」
「杏寿郎さん」
「ん?」
潤んだ彼女の瞳が自分を見つめているのだろう。
声がかかったので顔を上げる。視線を指先から七瀬の双眸へと向けた。
「今日はあなたがいつも私をたくさん褒めてくれるから、お返しに私からもたくさん誉めようと考えていたんです」
「うむ、嬉しい事だ」
たくさん褒めているだろうか。自分にとってそんな感覚はないのだが…。
「でも結局いつもと同じように、私がたくさん褒めて貰ってしまいました…」
ありがとうございます ———と言われた後、俺の頬に柔らかな口付けが届く。
「七瀬、違うぞ」
「え……?」
「ここだろう?」
親指で彼女の唇をなぞった後、柔らかい愛撫を落とした。
「君からの口付けはここが一番嬉しい」
「ありがとうございます。それから…」
ちう、と俺の爪先に口付けが届く。
「お揃い、とても嬉しいです。私のわがままを聞いてくれてありがとうございます」
「これはわがままの内には入らないが?」
……と言うより、可愛らしい願いだ。