第27章 よもやのわらび餅
コソコソと内密話を打ち明けるような囁きが、己の耳に届いた。
「……七瀬、先程俺は言ったな。任務前にあまりそう言う事を言うな、と」
「今、伝えたいって思ったんです。思いが熱い内に言いたいなって。”鉄は熱い内に打て”って言うじゃないですか…」
まいった。
それ以外に言葉が浮かばない。
俺は一つ小さな息をつくと、掌を彼女の頭の上に乗せる。顔と同じく小さな頭部は片手だけで包めそうな大きさだ。
「今日は警備地区の見回りだから、そんなに遅くはならないと思う。君の予定は?」
「蜜璃さんの警備地区の見回りに同行します。応援要請等がなければ、私も遅くはならないと思いますけど…」
よし、ならばこの提案をしよう。
先程とは逆に俺が七瀬の耳元で囁く。出来る限りの小さな声量で。
「………わかりました」
「うむ、頼んだ」
彼女の頭部の温度が上がった気がする。
満足した俺はそこを一度撫で、先に足を進めた。
数秒遅れてトタトタ、と早足で自分を追っているのであろう七瀬の足音が、背後から近づいて来る。
「大好きな杏寿郎さんと同じ呼吸が使えている事も、誇らしいですよ」
「先に帰宅した方が相手の部屋に行って、帰りを待っておく事」
恋人から言われた事と、俺が彼女に言った事だ。
この夜は自分が先に帰宅した為、恋人の部屋で待っていると ———
「ただいま帰りました…」
「お帰り、七瀬。おいで」
手招きをすると、彼女が自分を抱きしめてくれた。七瀬が顔を上げた頃合いで口を塞ぐと、首に華奢な腕がそっと回る。
互いの思いをたくさん口付けに乗せ、体をしっかりと結ぶ。
彼女との時間は出来る限り丁寧に、大事に過ごしたい。
君に「大好きだ」と何回言っても足りない。君から「大好き」だと何回言われても足りない。互いに湯浴みが出来たのは次の日の早朝だった。
これは”よもや”ではなく、”予定通り”の結末だ。