第27章 よもやのわらび餅
「杏寿郎、お前あれは好みか?」
「父上……あれとは?」
父と和解をし、今日は初めて二人で出かけている。
鑑賞したかった歌舞伎 —— 人気の演目だったが、父の「行ってみん事にはわからん」その一言に後押しされ、劇場に向かった。
開演ギリギリだったが無事に鑑賞券を購入出来、その帰りに冒頭の問いかけをされた。
父が指差した先には鬼殺隊士がよく利用する甘味・食事処の「以心伝心」がある。
「あそこの名物は…わらび餅だろう。お前は食った事があるのか」
「はい! 一度千寿郎が今日は買えたと嬉々とした顔で帰宅したその時に。七瀬からも美味かったと聞いていましたが……父上?」
「……俺だけ食べた事がないのか」
隣に立った父がぼそぼそと呟いた。
自分と同じピンと上向きの、二又に分かれた眉。それが下に向いている。
『そうか、父上は食べたいのだな』
和解したとは言え、心の距離が離れていた時間はそれなりに長かった。それ故、自分には己の好みをまだ伝えづらいのかもしれない。
察知した俺は「買いに行きましょう」と、口角を上げて返答する。
「黒蜜が美味そうだな」
「ええ、俺も黒蜜の気分です!」
「今、帰った!」
「ただいま」
ガラッと玄関の引き扉を開けた瞬間、恋人が俺達を迎えてくれた。
「お帰りなさい!お土産買って来たんで、ご一緒…あれ?」
「ん?どうした七瀬さん?」
言葉を引っ込めた彼女に問いかけたのは父だ。
七瀬の目線が、父と千寿郎の間を二回往復した。
「父上、兄上、お帰りなさい。これです…」
黙ってしまった七瀬の代わりに、弟が手に持っている包み紙を俺達に見せる。
「ほう、これはまた」
「偶然だな!!」
何とそれは父の手にある、わらび餅の包みと全く同じ物だった。