第2章 炎柱・煉獄杏寿郎の息吹
“考えても仕方のない事は考えるな”
この日を境に俺は強くそう思うようになった。気高く誇り高かった父はもう帰って来ない。目指していた大きく逞しい背中を追いかける事も今後はない。
「良いですか、杏寿郎。煉獄家は代々続く鬼狩りの一族。”炎柱”は私達の誇りでもあります。あなたも父上のような立派な柱を目指しなさい」
これはまだ母が元気だった時に俺へ言ってくれた言葉だ。
炎柱の雅号を次の世代へ繋いでいくのはきっと……自分だけなのだろう。故に三百年以上続いている煉獄家の歴史をここで絶やすわけにはいかない。
—— 何としても。
それでも、物事はどう転がるかわからない。
数年後の煉獄家に冬の太陽が降り注ぎ、頑なに溶けなかった父の心が融解する事になるのだが、この時の俺はまだ知らない。
“ふふっ、新しい風ですか。良い表現ですね”
にっこりと俺に笑いかけてくれた君。彼女は自分の継子となり、やがてかけがえのない恋人へと存在を変える。
これから記す出来事は、同じ呼吸を使う俺と七瀬。そして師範と継子であり、一人の男と女が紡いでいく軌跡。
“運命”と言う言葉をもし自分の人生に使うとするならば、俺は彼女との出会いをそう名付けたい。
それはある一人の青年……自分の大切な友人が、命を賭して繋げてくれた縁(えにし)だからだ。