第2章 蛍離宮
「なんだ、ネコか。」
(猫?!)
いつの間にか近くに立っていたのは「猫」ではなく、頭から爪先まですっかり覆われた服を着た女性?だった。
わずかに空いた布の間から切れ長の目が光っていた。
「あぁ、この娘の迎えか。早く連れてってくれ。」
お役人さんが私の肩を押して促した。
「ネコ」と呼ばれたその人はくるりと無言で踵を返し、足早に立ち去る。
「待って!」
私は必死でその人を追った。
(この人口が利けないのかな。)
本当に猫の様に足音もなく、そして速い。
息切れしながら辿り着いたのはニの妃様方の暮らす御殿の外れ、人工的に造った池に架けられた小さな木の橋の先のこれまた小さな居室。
黄昏の風がふわりと入口の薄布を揺らす。
(この薫りは…………麝香?)
噎せるような野性的な薫りに頭がクラクラする。
「あら、来たんだ。」
低めだが艷やかな声が居室の奥から聞こえた。
「……ボーッと突っ立ってないで入れば?」
(ん?酔ってる?)
おずおずと足を踏み入れた室内には、華奢な脚の付いた長椅子と茶卓。
声の主はそこには居なくて、さらに奥の薄布の付いた天蓋に覆われた寝台に横たわっていた。
怠そうに起こした上体からはスラリとした腕が伸び、銀の杯がぶら下がっていた。
「まったく、婢女なんてお気に入りが一匹いればいいのにシキタリだか何だかで毎年毎年めんどくさいったら………」
呂律の回っていない語り口でブツブツ言っている。
(おそらくこの方が燦姫様?)
いつの間にか「ネコ」さんは寝台に腰掛けていて姫様の脚に身体を擦り寄せていた。
(本当に猫みたい。)
「あのっ」
「ふははははははっ!!」
意を決して名乗ろうとした私の声は大きな笑い声で掻き消された。
「ちょっと、何なの?この娘、全身ドロだらけじゃない!」
(あっ……)
荷馬車に泥水を引っ掛けられたことを忘れていた。
「とりあえず洗ってきてよ。部屋汚されたんじゃたまんないわ。」
起き上がったネコさんに連れられ、浴室に向かった。
婢女は衣食住完備とのことで着替等は持って来ていない。今着ているものですべてだ。当然入浴後は新しい服が用意されているものと思っていたが………
「あのっ!私の服は?」
カラダを洗った後、すっぽんぽんで離れに戻された私は姫様に詰め寄った。