第3章 ナン
その晩、私は夕餉の席に行かなくて良いと言われた。
「給仕ならネコ一人いれば十分だからね。」
でもそれで婢女としてあまりに手持ち無沙汰だと思った私は恥ずかしかったけどあるコトを申し出た。
「じゃ、じゃあ、床の支度をさせてくださいっ!」
昨夜はあまりに疲れていて促されるがまま寝てしまったけど、案内役のお役人さんから道中言い聞かせられていた、婢女の大事な役割のひとつを思い出した。
『いいか、後宮には旦那様と呼ばれる妃様の王様が、夜にお出でになる。そこでなさることはな―――――――――――』
初めて聞いたコトで私は目がチカチカしてしまったが、一緒に聞いていた沙良は既にすべて知っていたのか平然としていた。
その「夜の営み」の支度として床を然るべく整えるのも婢女の務めだと教わっていた。
「ぷっ!ネズ、一体何考えてるの?」
姫様は私の決死の申し出を一笑に付した。
「初心(うぶ)だと思ってたけど相当やらしいわこの娘!」
私は耳まで真っ赤になった。
「旦那様って言ってもねえ、もう爺さんだし、輿入れの時だけしきたりで一晩泊まっただけで、後は正月とかに儀礼的な挨拶でしか離れ(ここ)には来ないんだよ。」
(えぇ、そんなもんなの?!)
「だから夜はなんもすることないよ、
さっさと寝ちまいな!」
言葉どおり「旦那様」は一切現れなかった。
ナンと名乗った若者は昼間、毎日の様にやって来た。
「よしよし、今日もまだ居るな。」
賭けの為、私の存在確認にも来ているのか?
いつもお菓子や木の実等をお土産に持って来た。
燦姫様とたわいもない話をしてゆくが、悪態ばかりついている姫様もナンと居る時だけは少し雰囲気が和らぐ様な気がした。
だいたい朝の弓矢の稽古の帰りに立寄って来るが、離れに来ない日も毎朝の稽古だけは欠かしていない。
どうして知っているかというと――――――
武道場で見せる凛とした横顔が見たくて………内緒だけど起きたらすぐに婢女部屋の窓から覗き見するのが私の朝の習慣になっていた……