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初音ミクの消失

第1章 1 初音ミクの回想


「あの…すみません。
ここって、その…、VOCALOIDって、売ってますか。」

恥ずかしそうに俯いた男性の、小さな小さな声は、初音ミクの声にしっかりと届いた。
そこはある楽器売り場の片隅。
初音ミクが、まだ商品として売られていたときのことだった。

「VOCALOIDですか、売ってますよ!
ご案内いたしましょうか?」

「お、お願いします。」

彼を一目見た初音ミクは、典型的な…いわゆるオタクと呼ばれる部類なのだな、と思った。
根暗でコミュ障。おまけに細すぎる手足。
きっと、何かに夢中になると他の何もかもがどうでも良くなって、食事も取らないような…そんな人なんだろう。

(…これだから人間は、効率が悪い。)

「こちらでございます。」

「あっ、あ、ありがとうございます…」

初音ミクの目の前には店員と客。
初音ミクは、これから店員が言うであろう言葉を思い浮かべた。

「当店はMEIKO、KAITO、鏡音リン、レン、それから初音ミクを取り扱っております。
鏡音の方は二つセットで入っておりますので、お得ですよ。」

(…ほら、またいった。)

今までも何回かVOCALOIDを目当てにした客はいた。
だが、その誰もが初音ミクが欲しかったのではなく、「自分の代わりに歌ってくれる機械」を欲しがっていた。
そのことを店員は見抜いていた。
だから、わざわざ鏡音リンレンをおすすめしていたのだ。
勿論、今までの客は皆鏡音リンレンを買って行った。
そう、初音ミクはいわば「売れ残り」だったのだ。
その客たちにとっては、自分の作った曲を世間に発表できるなら誰でもよかった。
だから一番金がかからないものを選ぶ。
それだけのことだ。

「は、初音ミク以外にも…いるんですね…知らなかった…」

(…今、いるって、いった?)

間違いなく、この客は「売っている」や、「ある」ではなく、「いる」といった。

(…私たちのこと、ちゃんと見てくれてるんだ。)

初音ミクは、少しだけ、ほんの少しだけ。
この人に買われたいと、思った。
そして、自分を選んでくれることを、期待した。
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