第2章 初音ミクの歌唱
「ねえミク、早速なんだけど、まず僕の練習に既存曲をカバーしてくれないかい?」
初音ミクが彼の家に来てから一日経ったその日は土曜日。
当然のようにというか、彼は家にいた。
「…マスターの練習、ですか…?
わかりました。
では、楽譜をのスキャンを開始します。」
ジジ…と機械音がして、初音ミクは彼が持っていた楽譜を読み込んだ。
「…成功しました。
録音モード起動。成功しました。
これより、録音を開始します。」
ゴクリ、と彼が唾を飲み込む音をよそに、初音ミクは少し落胆していた。
(確かにこの楽譜はマスターが作ったんだろうけど…でも…最初に歌う曲は…)
マスターが作った曲が良かったな、と。
初音ミクは心の中で呟いた。
しかし、初音ミクはそんな雑念はすぐに振り払い、楽譜通りに歌い始めた。
なぜなら、楽譜に幾度と修正した後があったからだった。
きっとこの楽譜は、彼がたくさんの思いを詰めた、大切なものなんだろう、と初音ミクは思った。
そして、そんな楽譜を歌うのに、そんな雑念は必要ないと思ったし、彼に失礼だとも考えていた。
「らんらんら〜ららんらんらら〜らんらんら〜ららんらんらら〜らんらんら〜ららんらんらら〜らんらんら〜ららんらんらら〜ら〜♪」
これが、初音ミクが最初に歌った瞬間だった。
彼はとても感動していた。
自分で作った曲ではないとはいえ、この楽譜は彼の血と汗と涙とついでに鼻水の結晶だった。
何度も何度も原曲を聴くのと修正を繰り返して、何度も何度も確認した、今までで彼の思いが一番詰まっている楽譜だった。
その曲を、初音ミクが彼の目の前で歌っている事実は、彼を感動させるのに十分すぎるほどだった。
初音ミクがはじめて歌った、たった4分ほどの時間は、100年にも思えたし、一秒にも思えた。
「録音モード、終了。成功しました。」
初音ミクが歌い切って、ちら、と彼の方を見ると、彼はずびずびと音を立てながら泣いていた。
「ま、マスター?!
どうかされましたか?」
初音ミクが焦ってそう聞くと、彼は鼻をかんで答えた。
「いや…、僕の楽譜を歌ってくれたのが、嬉しくて…、大丈夫だよ、心配しないで?」
(泣くほど嬉しかったの…?)
それにしても、少し泣きすぎではないか、と思いながら、初音ミクは彼を宥めていた。