第1章 Blanc
『ズズッ、すみません、本当に色々と…』
「いいのよ。
…驚いたでしょう。
今朝帰ったばかりだっていうのに、、、」
泊まっていくかと言われたが、流石にこれ以上お世話になるのは気が引けて遠慮した。
玄関まで送ってくれたおばさんにお礼を言ってドアノブに手をかける。
「…落ち着いたらまた是非来てちょうだい。
3時過ぎには大体家にいるから。」
『はい。ありがとうございます。
…お邪魔しました。』
「気をつけてね。」
バタン
おばさんから受け取った紙を眺める。
端についている赤黒くなったシミは、職業柄もう見慣れてしまったソレ。
その部分を指でなぞると、その液体の生暖かい感触が浮かび上がってきそうだ。
こんな風になってまで、まだ受け入れ切れない。
ねぇ、圭くん
本当に死んでしまったの?
本当にもう会えないの?
あの日またね、って、言ったよね?
もう、私に笑いかけてくれることはないの?
もう貴方の声を聞くことはできないの?
『あれ、また…』
今まで何度も人の死を見てきた。
医者として、助けられなかった命だってあった。
その家族が悲しみに暮れる姿だって何度も見てきた。
それで強くなったと思っていた。
嗚呼、でもそうではなかったみたい。
いっそ自分も消えてしまいたくなるほどの喪失感。
吐き出しても吐き出しても吐き出しても、いつまでも内側で燻り続ける寂寥感。
それが全て涙となって止めどなく溢れる。
大切な人を喪うことに、強くなれる訳なんてなかったんだ。
私は1人ぼろぼろと涙を流しながら帰路を辿った。