第17章 Last chance
しばらく、2人して扉越しに背を合わせたまま過ごした
荒みきった心だったけど、彼と同じ時を共有しているという実感で少しだけ、胸に灯りが灯った
これから先に待ち受けるであろう困難から目を逸らし、この暗闇でこの小さな灯を永遠に見ていたいと、そう思うほどには私は狂ってしまったようだ
「…もう、行くよ」
『…』
感じるはずもない背中の温もりが遠ざかる
聞こえてくる音から、彼が立ち上がったのが分かった
「伊織…」
『…』
「…出てきたらさ、1番最初に名前、呼んでよ」
『…』
「伊織の声、聴きたい…」
コツン
と、扉の上の方から音が聞こえた
万次郎の声は少し掠れていて、あの時の声と少し似ていた
「…じゃあ、また、な」
『…』
「…」
そう言って少しの間、万次郎は外に立っていたけど、反応がないと分かるととうとう私の家の前から離れて行った
ブーツの踵の音がどんどん遠くなって、止まって、聞こえなくなる
そしたらバイクのエンジンが掛かる音がして、いつもの排気音が聞こえてきた
数回、空ぶかしをして、離れていく
小さくなって、小さくなって、もう聞こえなくなった
『…万次郎』
もう、彼の耳にも届かない
わかっているけど、気がついたら口からポロリと溢れた
久々に口にした名前はひどく懐かしくて、温かい
凍てつくこの寒さも気にならないような、そんな温もりさえあった