第9章 【第八訓】昔の武勇伝は三割増で話の話
○○は手際よく作業をこなす。
埃が舞わないよう、軽く湿らせた布で棚を拭く。
「アンタ、うちで働かないかい? 家賃の足しにもなるよ」
「ありがたい話ですが、夜はきっちり寝る派なので」
「そりゃ残念だね」
さして残念には感じられない声を受けながら、○○は思う。
自分はおそらく、夜に外へ出られない。
屯所にいた頃も、日が暮れてから外出をした覚えがなかった。
河原にいた日も、万事屋を追い出された日も、気づけば朝だった。
屯所には長いこと暮らしていた。
その間、一度も夜中に出歩かなかったことは不自然だ。
単に用がなかったといえばそれまでだけれど……
お登勢が吐く煙を目で追う。
「アンタ、何で銀時の所になんか居座ってるんだい」
煙が消えた時、○○は口を開いた。
「銀さんは私の知り合いらしいので」
「らしい?」
「私は記憶喪失なんですが、銀さんは私のことをしっていましたから」
棚を拭く手を止める。
隅に紙片があり、手に取った。
そこには『ドッキリマンシール』と書かれていた。
「銀さんが唯一の手がかりなんですけど、ちっとも昔のこと話してくれなくて。だから、聞き出すまで居座るつもりです」
話が嘘に思えるほど、○○の表情には深刻さの欠片もない。
お登勢も軽く聞いている。
「お登勢さんはしりませんか。銀さんの故郷とか」
「さァ。きいたことないね。こんな性分なんでね。アイツの素性に興味はないよ」
やはり、記憶の手がかりは本人のみらしい。
おつまみに紛れて○○はその袋を見つけた。
『ドッキリマンチョコ』と書かれた袋。
大人の社交場に似合わぬ甘い菓子。
「今ここにいるアイツが全てさ。アンタも同じだよ」
○○は顔を上げた。